1970年代の人気テレビドラマ「チャーリーズ・エンジェル」のジル・モンロー役で、「タテガミのようなブロンドヘアーと白い歯が似合う笑顔」のセックスシンボルとして一世を風靡した女優ファラ・フォーセットさん(62)が6月25日、入院していた米サンタモニカの病院で死去した。晩年の3年間、壮絶なガン闘病生活を送っていた。

フォーセットさんは06年に直腸ガン(肛門ガン)を発症し、今年4月には肝臓にもガンが転移し、もはや治療の方法がない末期ガン状態に。長年交際を続けていたパートナーの俳優ライアン・オニール(68)に「1秒でも長く生かして」と懇願し、必死の延命治療が続けられていた。今週22日には、彼からの求婚を受け入れ、結婚することが明らかになったばかりだった。
1947年2月2日、米テキサス州生まれ。69年の映画「あの愛をふたたび」で女優デビューを飾ったが、数年間鳴かず飛ばずが続いた。しかし、76年に1シーズンだけ出演した「チャーリーズ・エンジェル」では水着姿のプロモーション用ポスターが1200万枚もの売上げを記録し、一躍全米のセックスシンボルとなった。おもな映画出演作は「スペース・サタン」(80)や「キャノンボール」(81)。84年のTV映画「The Burning Bed」で虐待される妻を好演し、エミー賞を受賞している。
私生活では、73年に俳優リー・メジャーズと結婚し、彼女はファラ・フォーセット・メジャーズの芸名で活動していたが、79年から別居(82年に離婚)。80年からはオニールをパートナーとし、彼との間に85年に息子レッドモンドをもうけている。セックスシンボルだった80年代まで映画や雑誌でヌードになることを拒み続けていたが、95年には米プレイボーイ誌で、また映画「Dr.Tと女たち」(00)でフルヌードを披露している。
彼女の死を受けて、オニールは「長く勇敢なガンとの闘いの果てに、我々の愛するファラは旅立った。彼女の家族や友人にとってとてつもなく困難な時でもあったが、ファラとシェアした20年余、彼女は美しい時をもたらし癒してくれたし、彼女の人生が世界中の多くの人々に喜びをもたらしてくれたことを理解している」とコメント。「彼女は地上のエンジェルだったが、いま永遠のエンジェルになった」(元夫リー・メジャーズ)、「ファラは勇敢で、強い意志と信念の持ち主だった。そしていま彼女は安らかに、本物のエンジェルになった」(元「エンジェル」のジャクリン・スミス)と関係者からも弔慰が寄せられた。
[eiga.com 映画ニュース]より
テレビドラマ「チャーリーズ・エンジェルス」で一世を風靡したファラ・フォーセットさんが肛門ガンのため亡くなった。62歳だった。
ファラさんはカリフォルニア州の病院で午前9時28分に死亡。ファラさんの横にはパートナーのライアン・オニール、友人のアラーナ・スチュワート、ヘアスタイリストのメラ・マーフィーとローレンス・ピロ医師が付き添っていたとピープル誌では報じている。
「彼女は母親と姉と神様のもとへ行った。わたしは心から彼女を愛していた」とライアンは語り、一晩中語りかけ、返事はしなかったものの、友人らに囲まれていることは認識していたという。ファラさんの体調が良くなったら結婚することになっていたことについては、「時間がなかった。ファラはそういう状態ではなかった」と念願の夫婦にはなれなかったよう。ロサンゼルスの刑務所に入っている息子のレッドモンド・オニールは母の死に際には会えなかったが、電話で話はできたという。レッドモンドとファラさんの電話の内容については、「レッドモンドは母親にとても愛していることを告げ、過ちを許してほしい、申し訳なさでいっぱいだということを告げていた」とライアンはピープル誌に語っている。
ある愛の詩よりの名句
I'm sorry.(すまなかった)と一言。オリバーのこの言葉に、ジェニーは涙を流しながら答えました。
"Love means never having to say you're sorry."
「愛とは決して後悔しないことよ」
ファラさんは、1947年2月2日生まれ。1976年にテレビドラマ「チャーリーズ・エンジェルス」で大ブレイク。美しいプロポーションと、ブロンドの乱れた髪形が特徴的でファラフォーセットというスタイルとして多くの女性がマネた。映画女優としては映画『シャレード'79』、カーク・ダグラスと共演した映画『スペース・サタン』、世界中のスターが集結したカーレース映画『キャノンボール』などに出演。私生活ではリー・メジャースと結婚し、一時芸名をファラ・フォーセット・リー・メジャースとするも1982年に離婚。その後、不治の病の女性との愛を貫くラブストーリー『ある愛の詩』が社会現象ともなった、ライアン・オニールと同棲(どうせい)し、息子のレッドモンドをもうけるも結婚しないまま17年の同棲(どうせい)生活を送った。しかし、2009年6月、ガン闘病中にファラさんにライアンはプロポーズ。ファラさんもこれを受けていた。
[シネマトゥデイ映画ニュース]
◎ある愛の詩に於ける忘れられない台詞
些細なことでジェニーを傷つけてしまうオリバー。ジェニーが家を飛び出した後、すぐに過ちに気づきますが、街のどこを探してもジェニーを見つけることができません。冬の寒空の下、どこかで凍えているだろうジェニーを思い、力の限りをつくして家に帰りついたオリバー。そこには、玄関の前で小さく震えているジェニーが彼の帰りを待っていました。
自分のせいで愛する人に不憫な思いをさせてしまったことを深く反省したオリバーは、I'm sorry.(すまなかった)とジェニーに一言。オリバーのこの言葉に、ジェニーは涙を流しながら答えました。
"Love means never having to say you're sorry."
「愛とは決して後悔しないことよ」
素晴らしい日本語訳です。
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米俳優のライアン・オニール(Ryan O'Neal)さん(68)がABCテレビのパーソナリティ、バーバラ・ウォルターズ(Barbara Walters)さんのインタビューに応じ、3年前からがんの闘病を続けている女優ファラ・フォーセット(Farrah Fawcett)さん(62)と結婚することを明かした。ABCニュース(ABC News)が22日、報じた。
2人は1982年からたびたび交際が噂され、息子がいるが結婚はしていなかった。
「もう一度、彼女にプロポーズしたんだ。そうしたらOKしてくれたよ」嬉しそうに語ったオニールさんだが、プロポーズは2人の間では冗談になっていたという。
「いつもプロポーズしていたけど、冗談になってしまったんだ」
3年前から肛門がんを患っているフォーセットさんの病状を聞かれたオニールさんは、「一生懸命闘っているよ」と答えた。オニールさんは、フォーセットさんの病気が明らかになったときから、常に側に寄り添ってきたという。
オニールさんは5月、米ピープル(People)誌にフォーセットさんのがんが肝臓に転移したが、効果的に治療を終えたと話している。
「これはラブストーリーさ。どうやって演じればいいかわからないけど、彼女なしの世界は考えられない。がんは油断ならない敵なんだ」
フォーセットさんは、テレビの「チャーリーズ・エンジェル(Charlie's Angels)」シリーズなどで有名になった。
このインタビューの一部は、ABCニュースのウェブサイトでも見ることができる。(c)AFP
バーバラ・ウォルターズによるライアン・オニールのインタビュー(「ABCニュース」の公式ウェブサイト内<英語>)AFPより
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★ファラ・レニ・フォーセット (Farrah Leni Fawcett,1947年2月2日 - 2009年6月25日[1])は、アメリカ合衆国の女優である。フォーセットは1970年代のポップ・カルチャーの肖像、およびセックスシンボルとして有名であり、1980年代のファッションとポップ・カルチャーに大きな影響を与えた。

ファラ・フォーセット 1947年2月、米テキサス州生まれ。76年から第1シリーズが始まった人気テレビドラマ「チャーリーズ・エンジェル」に出演して大ブレイク。70、80年代を代表するセックスシンボルとなり、そのタテガミのようなヘアスタイルと健康的なファッションを真似たがる女性が、日本でもたくさん現れた。
生い立ち
フォーセットはテキサス州コープス・クリスティに生まれた。父親は石油業者で、妹が二人いる。子どもの頃は父親の奨励の元、天性の運動能力を発揮した。テキサス大学在学中に“キャンパス内で最も美しい10人”の一人に選ばれ、その写真がハリウッドのエージェントに送られたのがデビューのきっかけとなった。
キャリア
60年代後半から70年代前半にかけて、フォーセットはコマーシャルやテレビ番組にゲスト出演し、1969年には、クロード・ルルーシュ監督『あの愛をふたたび』で映画デビューを果たした。数年間は鳴かず飛ばずの状態が続いたが、シャンプーのコマーシャルなどに出演するうちに、徐々に人気が上昇。1976年4月、ポスター会社がフォーセットの人気に目をつけ、彼女のポスターを制作した。フォーセットのエージェントは当初、商品宣伝用のポスター撮影だと思い、「何の商品を売るためのポスターなのか?」とポスター会社に尋ねた。それに対し、ポスター会社はこう答えた。「ファラ・フォーセットを売ります」。
1976年9月、フォーセットがジル・マンロー役を演じたテレビドラマ『チャーリーズ・エンジェル』の第一シーズンの放映が始まった。同時に、フォーセットの水着姿のポスターが発売され、世界中で1,200万枚を売り上げた。彼女は“乱れたタテガミのようなヘアスタイルと美しい笑顔の憧れの人物”として知られるようになった。
『チャーリーズ・エンジェル』はビッグヒットとなったが、フォーセットはわずか1年間の出演ののち、映画出演のために降板。彼女の早すぎる降板は訴訟沙汰となり、フォーセットは和解のため、第3シーズンと第4シーズンにゲストとして出演した。フォーセットの抜けた穴埋めに、第2シーズンからはジル・マンローの妹という設定で、シェリル・ラッドが出演した。
フォーセットは1984年のテレビ映画『The Burning Bed』で、虐待される妻というシリアスな役を演じ、エミー賞の3部門にノミネートされた。1986年には、レイプ被害者を演じた舞台『スズメバチ』の映画化作品『レイプ・殺意のエンジェル(別題「リベンジャー・殺意の女」)』で絶賛された。1989年のテレビシリーズ「Small Sacrifices」では人を喰いものにする役柄を演じ、エミー賞に二度目のノミネート。2004年には『The Guardian』でエミー賞に三度目のノミネートをされている。他にもいくつかの賞にノミネートされており、その中にはゴールデン・グローブ賞やACE賞も含まれている。
フォーセットは70年代、80年代を通して、映画や雑誌でヌードになることを拒み続けた。しかし、1995年に発行されたプレイボーイ誌でヌードを披露し、世間を騒がせた。その号は世界中で4千万部を売り上げ、1990年代に発行されたプレイボーイ誌のベストセールスを記録した。彼女は後に1997年の号でもヌードとなり、その号もまたトップセラーとなった。フォーセットはまた、2000年の映画『Dr.Tと女たち』(ロバート・アルトマン監督)でフルヌードを披露している。

私生活
フォーセットは1973年に『600万ドルの男』で知られるリー・メジャースと結婚。芸名もファラ・フォーセット・メジャースとした。しかし1979年から別居生活となり、1982年に離婚した。
1980年からフォーセットはライアン・オニールと同棲し、1985年には息子のレドモンドが誕生した。二人は結婚しないまま17年の同棲生活を送ったのち破局したが、フォーセットの死の間際まで友人関係は続いた。
フォーセットはオニールと別れたのち、1995年の映画『ママのフィアンセ/結婚に異議あり!』の監督、ジェームス・オアと交際したが、1998年、彼のプロポーズを拒絶した際、オアから酷い暴行を受け、オアは暴行罪で逮捕された。
1997年6月、フォーセットはテレビショーのインタビューでつじつまのあわないコメントを発して批判された。彼女の心ここにあらずといった支離滅裂な挙動は、麻薬の乱用によるものと憶測された。数ヶ月後、フォーセットはラジオ番組で、批判された彼女の挙動は、テレビ司会者とふざけてみただけだと弁明した。
2006年の前半、フォーセットは母親を失った痛手を癒している最中に、さらにいくつかの痛手に見舞われた。その中には、彼女のエージェントのジェイ・バーンスタイン、および心の師であるテレビプロデューサー、アーロン・スペリングの死も含まれていた。同年8月、彼女はコメディ・セントラルの『Roast of William Shatner』に参加。彼女は時に、ろれつが回らなかったり支離滅裂になったかのようで、ジョークを言うのに苦労しているように見えた。ジェフリー・ロスはベティ・ホワイトに「ファラ・フォーセットにジョークを教えてやってくれ」と頼んだ。
2007年2月2日、フォーセットは60歳の誕生日とガン克服を、長年の友人であるライアン・オニールと祝った。3日未明、パーティーから帰宅したオニールは、息子で俳優のグリフィン・オニールと口論の末、発砲して逮捕された。
2009年6月22日、末期ガンで闘病中のファラ・フォーセットは、長年の友人であるライアン・オニールからの求婚を受けいれて結婚することが明らかになった。
ガンとの闘い
2006年10月、肛門癌と診断され、摘出手術を受ける。『チャーリーズ・エンジェル』の初代エンジェル仲間、ジャクリーン・スミスとケイト・ジャクソンも、共に乳ガンを克服しており、フォーセットの闘病をサポートした。
2007年2月2日、60歳の誕生日にAP通信は癌を克服したと伝えた。フォーセットは次のコメントを出した。「今日は私と私の家族にとって、とても幸福な日です。残念ながら病気と闘い続けなければならない方々に、私のニュースが何らかのインスピレーションを与えることができたらと願っています」
2007年5月、3ヶ月検診において再発を確認。同年9月ライアン・オニールに伴われ幹細胞治療のためにフランクフルト大学病院へ転院するが、合衆国で違法な「ヒトES細胞」を使用することに対する批判を受けることになる。
2009年4月、肝臓へ転移したためカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)付属病院へ入院するが、同病院スタッフが病状をマスコミにリークする事件が発生。その後カリフォルニア州サンタモニカの病院へ転院する。この頃ラリーキング・ライブに出演。同番組に医療関係者数人が意見を寄せるが、治療が可能であると述べる者は居なかった。
2009年5月15日、NBCテレビにて、日記形式の90分ドキュメンタリー「Farrah's Story」を放送。2年半にわたるガン闘病生活をライアン・オニールがホームビデオ・カメラで撮影し、自身がナレーションを担当した。ファラ自身は本作を「難病患者へ勇気を送るためのもの」と位置づけていたが、この頃には誰もが「ファラは死期が迫っている」ことを知っていた。
2009年6月25日永眠。同日は世界的歌手マイケル・ジャクソンも死亡したため、彼女の死を扱う報道は非常に少ないものだった。
主な出演作品
クックアウト - The Cookout (2004年)
堕ちた弁護士 -ニック・フォーリン- - The Guardian (2001年-2004年)テレビドラマ
Dr.Tと女たち - Dr. T & the Women (2000年)
レイプ・殺意のエンジェル - Extremities (1986年)
ママのフィアンセ/結婚に異議あり! - Man of the House (1995年)
キャノンボール - The Cannonball Run (1981年)
スペース・サタン - Saturn 3 (1980年)
サンバーン - Sunburn (1979年)
シャレード'79 - Somebody Killed Her Husband (1978年)
チャーリーズ・エンジェル - Charlie's Angels (1976年-1977年)テレビドラマ
2300年未来への旅 - Logan's Run (1976年)
マイラ - Myra Breckinridge (1970年)
あの愛をふたたび - Love Is a Funny Thing (1969年)
■ライアン・オニール 1941年4月、米ロサンゼルス生まれ。64年、人気テレビドラマ「ペイトンプレイス物語」でデビューし、日本でもテーマ音楽と共に大ヒットした名作映画「ある愛の詩」(70年)が国際的出世作となる。70年代を代表する二枚目スターで、女優のテイタム・オニールさん(45)は最初の妻との娘。白血病にかかるも奇跡的回復を見せる。
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